最近息子を見て考える、『僕がこの子の年齢だった時』
20歳の3月
僕はオーストラリアで大学入学資格を取った後、高校から付き合っていた彼女を追って、イギリスに渡って2ヶ月目になる頃でした。
観光ビザでマンチェスターに引っ越し、毎日彼女は大学のファンデーションコースに通う間、築100年を超える寒い家の中で何もせず時間だけが過ぎるのを待っていました。
家は銀行の2階で、営業時間内はなるべく静かにするように言われていたので、5時まで息を潜めるように過ごして、5時を過ぎたらギターアンプをつけて爆音でギターを弾いていました。
その頃は、ギターを始めて2年が経ち、彼女の知り合いのポールという地元では知られたベーシストに、モードを教えてもらい、日々その練習で明け暮れていました。
それでも親に対する後ろめたさ、何もしていない自分に対する罪悪感に押し潰され、徐々に鬱になるわけですが、それを救ったのは、今は亡きアメリカにいた親戚の叔父さんでした。
彼がマンチェスターの工場を閉める仕事で出張したタイミングで落ち合い、大学へ行くよう説得してくれ、その数日後Salford大学に通う事が決まり、堂々とマンチェスター生活を送る事ができました。
そんな親不孝な事ができたのも、日本のバブルで両親に財力があったからで、今の息子にその選択肢をあげられない自分に悶々とする日々です。
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